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日別アーカイブ: 2019年7月3日

七夕を控えて、本日は7月最初の水曜会

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7月に入り、梅雨らしい空模様が続いていますが、風がやむと蒸し暑いことです
ね。^^;
昨日の2日に第一次宿曜陵逼期間が終わり、イレギュラーな事態と言えば印刷機
が故障しましたが、何とか平穏は保たれたようです。w

来週の9日から月末までは第二次宿曜陵逼期間に入りますので、六害宿の禁忌事
項を犯さぬよう、また諸事に当たって確認を強化することにしましょう。

日曜の7日が二十四節気の「小暑」で未の月に入りますが、7月7日と言えば七
夕ですね。
七夕は、古くから行われている日本のお祭り行事で、一年間の重要な節句をあらわす五節句
のひとつです。

その起源には諸説ありますが。
(1)もともと日本の神事であった「棚機(たなばた)」と
(2)おりひめとひこぼしの伝説と
(3)奈良時代に中国から伝来した「乞巧奠(きこうでん)
以上がその主なものとされているようです。

「棚機(たなばた)」とは、古い日本の禊ぎ(みそぎ)行事で、乙女が着物を織っ
て棚にそなえ、神さまを迎えて秋の豊作を祈ったり人々のけがれをはらうという
ものでした。
選ばれた乙女は「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれ、川などの清い水辺にある
機屋(はたや)にこもって神さまのために心をこめて着物を織ります。
そのときに使われたのが「棚機」(たなばた)」という織り機です。

やがて仏教が伝わると、この行事はお盆を迎える準備として7月7日の夜に行われ
るようになりました。
現在七夕という二文字で「たなばた」と当て字で読んでいるのも、ここから来て
いると言われています。

織姫と彦星の伝説も有名ですね。
琴座のベガと呼ばれる織女(しょくじょ)星は裁縫の仕事、鷲座のアルタイルと
呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星は農業の仕事をつかさどる星と考えられていまし
た。
この二つの星は旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることから、中国でこの日を一年一度のめぐりあいの日と考え、七夕ストーリーが生まれました。

この物語が日本に伝わってきたのですが、七夕の夜の雨については、日本の各地
で異見があるようですね。^^;
七夕の夜、少しでも雨が降れば二人は会えないと伝えるところもあれば、雨でも二人は出会える、雨はおりひめのうれし涙で雨の水でけがれが洗われるなどとするところもあります。

一方、二人が会えば疫病がはやるとして、会わないように雨を願うところもあり
ました。w
昔は七夕は旧暦の七月七日(八月十二日ごろ)に行われていたため、干ばつに苦
しんでいた地方の人々が雨を願った、ということもあるようです。
私の見解では、天空はいつも晴れですので、年に一度っきりの逢瀬は、天帝も許
し叶えてあげてるだろうと。w

「乞巧奠(きこうでん)」は、中国の行事で7月7日に織女星にあやかってはた織
りや裁縫が上達するようにとお祈りをする風習から生まれました。
古来は、庭先の祭壇に針などをそなえて、星に祈りを捧げたものです。
やがてはた織りだけでなく、芸事や書道などの上達も願うようになりました。

平安時代にその話が日本に伝わると、宮中行事として七夕行事が行われるようになりました。
宮中の人々は桃や梨、なす、うり、大豆、干し鯛、アワビなどを供えて星をなが
め、香をたいて、楽を奏で、詩歌を楽しみました。

サトイモの葉にたまった夜つゆを「天の川のしずく」と考えて、それで墨を溶か
し梶の葉に和歌を書いて願いごとをしていました。
梶は古くから神聖な木とされ、祭具として多くの場面で使われてきたものです。

江戸時代になり七夕行事が五節句の一つとなると、七夕は庶民の間にも広まり、全国的に行われるようになりました。
人々は野菜や果物をそなえて、詩歌や習いごとの上達を願いました。
梶の葉のかわりに、五行を表す五つの色の短冊に色々な願い事を書いて笹竹につ
るし、星に祈るお祭りと変わっていきました。

7月7日の七夕の夜、おりひめとひこぼしは待ちに待った「再会」という願いをかなえます。
人々は「二人のように、願い事がかないますように」と、たんざくに色々な願い
事を書いて、笹や竹の葉に飾るようになりました。

冬でも緑を保ち、まっすぐ育つ生命力にあふれた笹や竹には、昔から不思議な力があると言われてきました。
神聖な植物ゆえに、そこに神を宿すことができるとも言われています。
祭りの後、竹や笹を川や海に飾りごと流す風習には、竹や笹にけがれを持っていっ
てもらうという意味があります。

七夕の行事食と言えば素麺(そうめん)ですが、これにも由来があるのですね。

その昔、古代中国の帝の子供が七月七日に亡くなり、その後に一本足の鬼となっ
て熱病を流行らせました。
これに困った人々は子供の好物だった「索餅(さくへい)」を供えて祟(たた)りを
鎮めました。
それから、この故事に因んで中国では七夕に「索餅」を食べる風習が生まれ、平
安時代に日本へ伝わりました。

索餅とは小麦粉と米粉を水で練って、塩を加えて縄状にしてから乾燥させ、保存した後に茹でて食べる物です。
この索餅は「索麺(さくめん)」と呼ばれ、それが今のそうめんになっているそうです。

七夕に素麺を食べる理由は、この中国の故事にあるように、一年間の無病息災と、
邪気を流し祓うものとされています。
また、七夕物語に登場する天の川と、織姫が織る糸がイメージされているようで
すね。

現在の七夕は夏のイメージがありますが、旧暦でいうと7月は秋を指します。
神様に小麦の収穫ができた事を感謝報告していたという、神道の説もありますね。

京都では「京の七夕」と称して大々的なライトアップなどのイベントがあるのは、
旧暦に従って8月の行事になってますが、7月7日はあちこちの神社で七夕祭が
行われます。

八坂神社、北野天満宮、白峯神宮、貴船神社など枚挙にいとまがありませんが、
地元ではささやかながら松尾大社でも七夕祭は行われます。w

願い事が書かれた短冊を取り付けた笹を神前に掲げる夕刻の神事の後、拝殿にて
巫女による神楽「豊栄の舞(とよさかのまい)」の奉納並びに奉納演奏があり、
20:00頃より一ノ井川にて「七夕ゆめ灯籠」の灯籠流しが行われます。

尤も日曜日ですので、その頃には、私ゃ四条大宮辺りで飲み歌ってるはずですが。w
飲んだ後には、〆の麺類が極めて美味いのですが、専ら夜のでんぷんは控えてお
ります。w

然るに、食べたいモノが食べられないのはストレスなので、健康長寿を損なうも
のかと?^^;
欲望にただ走るのではなく、そこはちょっと工夫をして、美味しい〆の麺を食う
ことにしましょう。w

冷麺ならば、「月のうさぎ」のコンニャク冷麺がお勧めですが、七夕にちなんで
素麺を食すなら、同じ金額100円ちょいでクセなく美味しいコンニャク素麺が
あります。
「そうめん風こんにゃく麺」お徳用がそれで、低糖質(100g当たり。1g)、
低カロリー(100g当り8kcal)、0脂質の優れもの。w

普通にスーパーで売ってましたが、袋を見ると、福島県のアクツコンニャク株式
会社製造とありました。
サッと水洗いだけで食べられ、袋には低カロリーレシピも載ってるので、バリエー
ションも利きますね。w

今晩の〆には、これを出そうと考えてたところ、いづみが私の昼食用にと、既に
用意してくれてましたわ。^^;
一応、水曜会の料理を調え、アップの段取りは付きましたが、はてさて、このコ
ンニャク素麺、夜に出すべきか、昼に食すべきか、悩むところです。w
隠匿してる各種カップ麺も、なかなかに捨てがたく、こっそりと食べる背徳感が
人にも優しくなるエッセンスになるよーな?(ワラ)

何はともあれ、本日は7月最初の水曜会。
用意のメニューは、以下の11品です。w
1.いづみ式こんにゃく素麺、トマトジュースに酢と醤油系のだしで。
2.マグロの山掛けヅケ。
3.刻み揚げと大根葉の和風炒め。
4.刻みオクラ、ワカメ、ヤマナメタケの麺つゆ和え。
5.ヤマブシタケと豆腐の中華スープ、九条ネギ散らし。
6.鶏胸肉の中華生ハム、辛子とポン酢、チシャ菜を添えて。
7.牛ロース、エリンギ、マイタケのガーリック・黒コショウステーキ、チシャ
菜に巻いて。
8.加茂茄子の田楽焼き、捻り煎りゴマ散らし。
9.カボチャと黒豆の炊き合わせ。
10.丸ごと新じゃが、新玉ネギの肉じゃが。
11.干しきびなごの素揚げ、レモンを添えて。